大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(行ウ)223号 判決

原告

佐藤龍雄

(ほか八名)

右九名訴訟代理人弁護士

楠本敏行

千葉恒久

小池振一郎

井上猛

鳥海準

和田千代

被告

(品川区議会議員) 渡辺敏正

(ほか七名)

右八名訴訟代理人弁護士

德岡寿夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  都の特別区は、法律又はこれに基づく政令により都が処理することとされているものを除き、その公共事務並びに法律又はこれに基づく政令により市に属する事務及び法律又はこれに基づく政令により特別区に属する事務のほか、その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理するものであり(法二八一条一項、二項)、特別区の議会は、普通地方公共団体の議会と同様に、当該特別区の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し、合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(行ツ)第一四九号同六三年三月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一五三号四九一頁参照)。

二  そこで、右の見地から、本件視察団の派遣につき区議会に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったか否かについて検討する。

1  前記第二の一3で認定したとおり、平成八年度海外視察の派遣議員に決定された被告らは、国民的課題であり、区政の重要課題ともなっていた介護保険制度を重点的に調査研究し、そのほか、区政の課題であった商店街の活生化、災害救助、ゴミ問題、環境保護や歴史と文化を活かした街づくり等についても調査することを目的として、日程表記載のとおり視察計画を決定し、議長による派遣決定を経て、海外視察を実施したものである。

本件視察団の派遣は、右のとおり、区政の課題となっていた事項についての調査を目的としたものであり、その派遣目的は、区の議決機関として区議会が有する権限、機能に照らし、正当なものということができる。本件視察団の視察先や日程等についてみても、これらが、その調査事項との関係で直ちに合理性を欠くものということはできない。

2  この点に関し、原告らは、本件視察団の主たる目的が観光であったこと、その調査内容が極めて杜撰なものであること、調査の具体的必要性を欠き、調査に要する費用との均衡がとれていないことから、本件視察団の派遣は、区議会の裁量権の範囲を逸脱するもので違法である旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は採用することができない。その理由は次のとおりである。

(一)  本件視察団の主たる目的が観光であったとの原告らの主張について

(1) 原告らは、本件視察団の外国滞在日数の過半数が純粋な観光である見聞調査に充てられていることから、その旅行の中心目的は観光であった旨主張する。

確かに、〔証拠略〕によれば、本件視察団が見聞調査を行った場所は、いずれも著名な観光地であることが認められる。しかし、右見聞調査については、前記第二の一3(四)で認定したとおり、歴史と伝統を活かした街づくり、自然環境保護、環境問題についての調査を目的として行われたものである。かかる調査目的をもって行う視察と純粋な観光とを外形的に区別することは必ずしも容易ではないが、一定の場所を見聞するについても、あらかじめ定められた調査目的をもって見聞する場合と単なる観光目的で見聞する場合とではおのずからその意味合いに違いがあることは容易に理解できるところであるし、また、我が国と異なる文化、歴史、風土、環境を持つ街や地域を訪れて見聞を広めることは、それ自体、知識及び教養を豊かなものとするという点において、区議会議員として職務を行う上でも有意義なことであり、右のような調査目的をもって行われた見聞調査を、区議会議員の職務とは関係のない純粋な観光と断ずることはできないものというべきである。右に加えて、本件視察団においては、日程表記載のとおり、出発日と帰国日を除く外国滞在日数九日のうち約半分の四日は、訪問調査に充てられているのであって、訪問調査と見聞調査の比率をみても、本件視察団の主たる目的が観光であったと断ずることはできない。

(2) 原告らは、区議会議員の海外視察において、区議会が各会派の「順送り方式」によって派遣議員を決定していることや、これまでの参加者が多数の調査項目を掲げてもほとんど調査らしい調査ができないことを実感していながら、一〇年近くも同じような調査方法を続けていることからみても、本件視察団の旅行の実態が慰安旅行に類するもので、その主たる目的が観光にあることは明らかである旨主張する。

しかしながら、区議会議員の海外視察において、派遣議員をどのように決定し、調査項目をどのようなものとするかは、正に区議会の裁量に属することであって、区議会における派遣議員の決定方法や調査項目の定め方が原告らの主張するとおりであるとしても、このことから、本件視察団の主たる目的が観光であったということはできない。

(3) さらに、原告らは、区議会が、海外視察について旅行会社任せの方法をとっていることは、旅行の真の目的が調査ではなく、慰安・観光にあることを表している旨主張する。

しかしながら、前記第二の一3(三)で認定したとおり、平成八年度海外視察の派遣議員に決定された被告らは、調査項目、視察先、日程等を協議し、その協議の結果決定した調査項目や視察先等に係る要望事項を旅行会社に伝えて視察の企画を依頼し、各旅行会社から示された企画を比較検討した結果、被告らの要望事項にかない、かつ、費用的に最も低廉であった近畿日本ツーリストの企画を採用したものであって、本件視察団の派遣に関し、すべてを旅行会社に一任していたわけではない。具体的な訪問先の選択やアポイントメントを取るに当たっては、旅行会社に依存することがあったとしても、そのこと自体は何ら不当なことではなく、本件視察団の旅行について、旅行会社の関与の仕方から、その主たる目的が観光であったということはできない。

(4) したがって、本件視察団の主たる目的が観光であったとの原告らの主張は採用することができない。

(二)  その余の原告らの主張について

原告らは、本件視察団の主たる目的が観光であったことのほか、本件視察団の調査内容が極めて杜撰なものであること、調査の具体的必要性がなく、支出額との均衡を欠いていることを考えれば、本件視察団の派遣は、区議会が有する裁量権の範囲を逸脱するものである旨主張する。

しかしながら、本件視察団の主たる目的が観光であったとの原告らの主張を採用することができないことは、前示のとおりである。本件視察団の調査内容及び調査の必要性と支出額との均衡については、原告らが主張するような問題がないわけではないが、それらは、区議会が本件視察団を派遣したこと、あるいは本件視察団がした調査項目、視察先等の決定の当、不当の問題にとどまるものというべきであり、これらをもって本件視察団の派遣につき区議会に裁量権の範囲の逸脱や濫用があったということはできない。

したがって、原告らの前記主張は採用することができない。

3  そして、他に本件視察団の派遣につき、区議会に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があった評価すべき事情は認められないから、本件視察団の派遣は、区議会の裁量権の範囲内で適法に行われたものというべきである。

三  そうすると、被告らは、区議会議員の職務として適法に外国出張を行ったものというべきであるから、費用弁償等条例七条に基づき、本件旅費を支出したことに違法性はなく、被告らには不当利得は存しないというべきである。

第四 結論

よって、原告らの被告らに対する本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 増田稔 篠田賢治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例